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先週末、両親が3年ぶりにシンガポールにやってきました。

前回のエントリーで触れた、大注目していたオヤジのTシャツの件ですが、残念ながら(?)終始エリ付きの新しいポロシャツを着ていました。旅行に合わせて新調したようです、なるほど、と納得しました。

Caeser SozeのTシャツを着たオヤジとマーライオンの前で写真を撮りたかったんですが、それは次の機会にお預けです。

それでもう、何年ぶりだろう?というぐらいひさびさに、ほぼ丸2日間を両親と過ごしました。

おすすめレストランに連れていき、お茶をして(オヤジと僕はタイガービール)、
世界遺産のボタニックガーデンに行き、ナイトサファリに行き、息子(両親にとって孫)と紙飛行機を飛ばして走り回り、
マリーナベイサンズを見て、マーライオンで写真を撮り、ボートクルーズに乗り、美術館に行き、などなどなどなど。

特に何の話をしたわけではないのですが、観光ガイドのように各名所で、その歴史やなりたち、うんちくなどを解説し、
こちらの生活やシンガポールの一般の人の考え方、習慣などなど、ずいぶんたくさん情報をインプットしました。
。たわいもないたくさんの話もしました。

両親の感想は、多くの場合は
「そうなのかぁ」
「すごいねぇ」
「シンガポールってすごいねぇ」
というものでした。

最終日の夜、仕事の会食で使うような眺めの良い中華レストランを予約して食事をし、紹興酒を調子よく飲んだ後、
夜景がとてもきれいなホテルのルーフトップバーに招待しました。僕は調子よくさらにワインを飲み、両親と奥さんはデザートにティラミスをつまみながら、コーヒーを飲んでいました。

その時、ふと母親が
「こんなきれいなところに連れてきてもらって、本当にありがとう」
と言いました。

僕は最初の中華レストランで紹興酒をずいぶんと飲んでいて、さらに眺めの良いバーですでに2杯ワインを飲んでいたので、良い具合に酔っぱらっていて、その言葉をトリガーに、この2この2日間なんだかなんとなくひっかかっていたようなものが、どっと出てきました。

僕の世代こそ、高度経済成長の結果と強い日本経済に後押しされ、ふつーの学生でも1ヶ月も少し気合を入れてバイトをすれば、日本円の強さもあって、東南アジアを1ヶ月ほどほっつき歩くには十分なお金を稼ぐことができた時代になっていて、その恩恵を十分に享受して、学生のころから長い休みのたびにふらふらと海外に出て行ってはそこで自由気ままに日々を過ごし、何か国も渡り歩いて、今のような生活にたどり着いているのだけれど、それは両親の世代やその父親の世代が、戦後からの復興と日本の経済成長を推進する時代にがむしゃらに働いてくれた事実と結果があたからであって、母親が旅行中どこかでぼそりと話したように、昔は父親は土曜日も働き、毎日夜遅くまで父親は仕事で帰ってこず、考えてみれば30年近く前の記憶なんてもうあやふやなんだけれど、それでも平日に家族そろって夕食の食卓を囲むことなんて無かったと記憶しているし、記憶のわりかししっかりある中学生の頃になれば、男子特有の反抗期も発令してそんな機会は当然少なかった。

日本はおろか埼玉からも出る機会の少ない母親、20代の頃に新婚旅行で初めて行った外国「スイス」以来、外国はおろか飛行機にも乗りたがらない心配性の母親が、突然「2ヶ月インドに行ってくる」とまったく聞き耳も持たない雰囲気で宣言した息子に、一言も反対や心配の言葉を伝えずに送り出す、というのはどんな考え方の整理をするのだろう、70歳近くになって40年ぶりにほとんど乗ったことのない飛行機に7時間も乗り、外国に来ることはどれほどのストレスなのだろうか、など。

一瞬でそんなことがどっと押し寄せました。

両親が帰国後、いろいろな場所でカメラで撮影した記念写真たちを送りました。
少しして父親から「本当にお世話になりました、おかげで良い思い出がたくさんできました。」というシンプルな返信が来ました。

ずっとお世話になっているのはこっちなんだ。
もっともっと、たくさんの景色を見て、たくさんの経験をして、徹底的に楽しむ、そして、時々それを伝える。

どんどん、どんどんどんどんつづけてやってみよう!
そんな週末でした。



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