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さて、もうそこそこの数の人がご存知だと思うのだが、

DASHBOARDがVoマッスンの脱退に伴い解散を決めた。





早いもので僕は彼等と出会って六年くらいになる。

僕等のバンドの創成期から今もなお残る、

数少ないかっこいいバンドのひとつだ。



少し前から本人たちに、

少なからず起こりうる「それ」の可能性については聞いていたのだが、

いざ竹内君から「決定」のメールがきてみるとやはり呆然とするしかない。

カレンダーを何度確かめても、四月一日はまだ先だ。


「解散」、は揺るぎない事実だ。







大好きなものが無くなってしまうのは月並みだが、残念だ。


特に僕等はつい数ヶ月前にWATTSというライブハウスを失ったばかり。

同じくらい愛して止まない彼等が終ってしまうのは僕等にとって大きな損失だ。





しかしながら、「WATTS」と「DASHBOARD」では決定的に違う事がひとつある。





「誰かによって終らざるを得なかった」のと、「自分達で終るという判断を下した」という点。






WATTSの時のように、終らざるを得ないのであれば最後に笑って送ってやろうと素直に思えたはずだ。




正直、現時点で僕は今回の解散について、

信頼する彼等が下した判断だからこそ受け止めるべきだ。という気持ちと、

愛すべき彼等だからこそ「解散!?ふざけるな!」と言うべきだ。という気持ちが交錯している。

おいそれと結論は出るものではないとも思っている。








また、ひとつ確信めいた事もある。





ヒトの感情は移ろい易く、儚い。

自分にとってかけがいのない宝物が、ある日突然ゴミくずに変わってしまう事がある。

逆に、気にも留めていなかったものが、突然素晴らしい何かだったと気付いたり。

そういうたくさんの事柄を通過して人生は流れていくのだけど、

そのうちのいくつかは、いわゆる「普遍」であることに気付く時がある。

個人的に言わせてもらえば、

音楽を始めるきっかけになった僕のフェイバリット、「SPROCKETWHEEL」。

「お茶の間」(望月峯太郎)は何度読んでもグッとくるし、

スラムダンクの山王戦は今読んでも鳥肌が立つ。

小学生の頃の僕が涙した灰谷健次郎の短編集は、大人の僕にも涙を誘う。

かれこれ二十年の付き合いである友達も、いまだに尊敬できる友として僕の傍にいてくれている。









そしてたぶんDASHBOARDも。



解散して何年経とうとも、きっとそうなるだろうという確信に近い予感。








なにかと別れるという事は、生きてく上で避けられない悲しい出来事だ。


今回のように解散はもちろんのこと、

卒業であったり、離婚であったり、転勤であったり。



様々に形を変えて別れは万人に訪れる。



極論、人は遅かれ早かれ「死」によって全てから別れざるを得ないのだ。




無駄に歳を重ねると、そういう仕組みをなんとなく受け入れられるようになってしまう気がする。


それまでに経験した別れが免疫になってしまうんだろう。

僕に関して言えば、これは間違いない事実だ。








それでも僕は今回の件に関して、気持ちの整理はつかないでいる。









解散ライブは六月。

この悶々とした気持ちのまま三ヶ月を過ごせと彼等は言う。






だから僕はDASHBOARDが嫌いだ。
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