FC2ブログ
日々の生活はせわしなく流れ、
いつの間にかあれから1ヶ月が経つ。
「忙しい」を理由にせずきちんと書いておきたい。
----------------

通夜の翌日、葬式が行われた。
前日の曇りとうってかわり、空は快晴でとても高かった。

朝9時にばあちゃんの家に行く。
すでに近所の方々(隣組)は墓を掘り終わり、
家の中でお茶を飲みくつろいでいる。

台所ではおばちゃんたちが昨日と同じように
せわしなく動き回っている。
じいちゃんは昨日と変わらずに作業着を着ている。

大阪のおじちゃんもいる。

大阪のおじちゃんの話をしよう。

大阪のおじちゃんは母親の兄ちゃんで、母親の10歳年上だ。
僕たちの家族も大阪にいた関係で、
よくおじちゃんの家にも遊びに行った。

夏になれば2つの家族がばあちゃんの家に遊びに来ており、
僕たちはいとこたちともよく遊んだ。

そんなおじちゃんが離婚したと聞いたのは最近のことだ。
もう8年くらい前のことらしい。

おじちゃんの奥さんは大阪で不動産屋をやっており
おじちゃんもそこで働いていた。
一応何かの肩書きがついていたらしい。

奥さんには弟がいて、どうやらアメリカに留学したり、
なにゃかんやしたりして30過ぎまでブラブラしていたらしいのだが、
急にその不動産屋で働き出した。

今までいなかった人が入ってきた関係で、
会社は運営がおかしくなる。
人間関係もからみ、結果として離婚し、おじちゃんが家を出ることになったらしい。

おじちゃんはそれから熊野のお寺に弟子入りし、
毎日を修行の日々にあてている。

人間不信や家族との別れで
精神を保つにはそうするしかなかったのだろう。

去年名張でひさしぶりにおじちゃんに会った時には
頭はつるっつるだった。

おじちゃんはそんな過去のことを臆面もださず、
コテコテの大阪の人みたいに僕にやさしく話しかけてくれる。

「ひろき、めし食うたんか?」

でも昨日の通夜の時、おじちゃんは泣いていた。
いつも絶対に自分の見方だった母親が死んでしまったんだから。

-----------
そんなことを思い出しながら、僕の頭の中では
加川良の「ある朝」がまわっていた。

***
寒いある朝
窓辺で立ってたら
かあちゃん連れて行く
天国の車が やってきた

やがて俺達
一人ぼっちに なるのかな
でもよー 俺が死んだら
また 母ちゃんに会えるよネ
***

そうこうするうちに時間は11時半になった。
式は12時開始の予定だ。

弔問客もチラリホラリきはじめている。
庭には人が溢れ、皆がばあちゃんの祭壇をぼんやりながめていた。

そのとき!

おじちゃんを筆頭に何人かの坊主が現れた。
昨日お通夜でお経を読んでくれた人とはあきらかに違う。
まさか、おじちゃんのお寺の・・・

と思っていたらまさにそうだった。
袈裟を着て、なぜか大きな法螺貝(ほらがい、はじめて見た)
を持っている人が7人くらい。

たくさんの弔問客は
「何が始まるだ?」
と彼らを見ている。

それもそのはずだ。
まだ式の開始時刻には時間がある。

と思った矢先。
おじさんを筆頭にその人たちは祭壇の前に座り、
大きな声でお経を読み出した!!

しかもそのお経が、なんだか昔聞いたチベットのお経みたいで
7.8人で読むから声も大きくて気持ちがいい。

挙句の果てには途中から数人が法螺貝を噴出す。
「はんにゃーはーらーほーけー」
と同時に
「ぼわー、ほわー、ほげー」
と。

まさに合奏!!

こんなことを書くと不謹慎なのかもしれないが、
それはとてもにぎやかで、楽しかった。
そして何よりおじちゃんの心がこもっていた。

多分お寺の人たちにお願いして来てもらったのだろう。
とても暖かいお経だった。

まわりの人はまさに「怪訝な」顔をしていたが
ばあちゃんはそんなことをするおじちゃんを笑って許したろうと思う。

それからは正式な式が始まり、
骨を焼きに行く。

そこからが名張独特だった。
まさに「孫の出番!」

なにかしらと孫(僕とたけし)がやらなければいけないことが多い。

やれ、お棺のうしろは孫が持つ
やれ、骨はここを孫が拾う
やれ、骨をうめる最初は孫がやる
やれ、孫は川から石をもってこい

などなど。

僕とたけしはわからないながらもそれを一生懸命こなしていく。
そのたびに親戚や、近所の人々が言うのだ。

「あれ、こんなにいい石を拾ってもらって、おばあちゃんは幸せや」

「あれ、こんな立派になったお孫さんに運んでもろて、おばあちゃんは幸せや」

多分80人ぐらいでそれらのひとつひとつを行うのだが、
それは世代や住んでいる場所を超え、おばあちゃんを想ってくれる行事で
ほんとうにとてもすてきなことだった。

これらが終わると総勢80人で飲み始める。
ぼうずもじじいも孫も関係ない、まさに宴。

僕の隣では近所のおじさんが
「脇差をいかに使いこなすか」
という講釈をしていた。笑

僕は酩酊しながら、そんな会場の幸せな雰囲気に浸った。
そしてそこにいてくれる人に本当に感謝した。

皆が冗談を言って笑っている。
昔のばあちゃんの話を聞かせてくれるおばちゃんがいる。
酔っ払って酒をお酌しているオヤジがいる。
坊主の話を一生懸命聞いているおじちゃんがいる。

宴もたけなわになった頃、
仕切っていたおじちゃんが急に大きな声で言い出した。

「よっしゃー、そろそろはじめるでー!」

と言うや、もちつきが始まった!
なぜもちを!?

そうこうする間にもちができあがる。

すると皆はテーブルを端っこによせ、
祭壇の前を広く開け、そこをぐるりと囲んで座った。

ぼくと、たけしと、母親と、おじちゃんがその中央に立つ。
皆酔っ払っている。

皆がそれぞれ後ろ(ぐるりと囲んだ人たち)の方を向いて立ち、
手を後ろにする。

そこにもちが渡され、僕たち4人でそれを一斉にひっぱった!

もちが「びろーん」と伸びる。
周りの皆はそれをみて大笑いしている。

自分がつかんだもちが手に残った。
それを食べなければいけない、ということらしい。

僕は小さかったが、たけしのもちはとても大きく、
おばちゃん連中に「でかいでかい!」と言われている。

******
そうして楽しい宴が終わった。
見ていたばあちゃんも、とても楽しかったと思う。

最後に坊主が話をした。


川がながれるように
雲のただようように

常に同じ形を保っていくモノはありません

人の命もまたそうなのです。

残された我々にできることは
故人を忘れずに、日々を生きることなのです。



帰り際、おばちゃんたちが僕に何度も言った。

「また遊びに来いや」
「じいちゃんがさみしがるさかい、また来たってや」

僕はまた名張に行くし、ばあちゃんのことも絶対に忘れない。

名張に行く前にモヤモヤしていた僕の胸は
そこに集まったみなさんのおかげで、新しい活力に変わっていた。
day.jpg

スポンサーサイト



Secret

TrackBack URL
→http://fourtomorrow.blog26.fc2.com/tb.php/72-685dbd57