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俺は寝不足でボケっとしながら、食事の用意をしていた。
寿司明もまた、いつも以上に眠そうな顔で座っていた。
二人でとる最後の朝食。
トーストと目玉焼き。呆れるほど当たり前の朝の風景はあっという間に流れていった。

八時十分。寿司明が出かける時間だ。
テレビはいつも通り、派手なアナウンサーが芸能ニュースを紹介している。

「それじゃあ、そろそろ出るね。」

「ああ。そうだな。・・・身体に気をつけて、がんばるんだぞ。新しいお父さんとお母さんをあんまり困らせるなよ。」

「わかってるよ。お父さんもお仕事がんばってね。」

「おう。」

なんとか捻り出した最後の言葉。
俺は寿司明の頭をクシャクシャに撫でると、玄関へ向かわせた。




「いってきます。」    「いってらっしゃい。」





その日の仕事は、なんだかよくわからないままこなしていたように思う。
後になって、あれをしておけば良かった、あれを言っておけば良かったと考えるのは俺の悪い癖だ。
後悔は、ない。
それが俺の出した結論に違いないから。
それでも後に残る後悔に似た何かが、一日中俺の頭を駆け巡った。
気付くとすでに時計の針は、終業の時間を指していた。


久しぶりに友達と呑みにでも行こうか。
幸い明日は休みであるし、子供にかかりっきりで仕事の後にどこかに出かけるなどここ何年なかったことだ。
俺は携帯を取り出して、目ぼしい何人かに連絡を入れた。
残念な事に、というよりも当日に連絡したので当たり前のように予定の空いてる人間はいなかった。
こうなることはちょっと考えれば想像できた事なので、事前に約束しておけばよかったのだが、ここ何日かでそこまで気の回る余裕は俺には無かった。
一人で呑みに行くような店などもともと下戸な俺にはないし、選択肢は必然的に家に限られてくる。
あまり気は進まないが、結局いつもと同じコースで帰路に着いた。



最寄のコンビニでつまみと何本かのビールを買ってアパートの前に着くと、当然だがいつも付いている明かりは消えたままだった。
ふいに寂しさが津波のように襲ってきた。

玄関を開けて競うようにテレビを付けた。
今夜はいつもなら絶対好まないような馬鹿馬鹿しいものが見たい。
乱雑にザッピングを繰り返して、適当に番組を選ぶと俺はビールの缶に手を伸ばした。

一人の夜など、何年ぶりだろう。これから先はこんな日が続くのか。
なにか趣味でも探そうかとぼんやり考える。
なぜか自分が料理教室に通っている場面を想像してみる。
いいおっさんが慣れない手つきで包丁を握る姿を思い浮かべて、多少回ってきた酒の勢いも借りてか、笑いがこみ上げてきた。
きっと今頃寿司明はご馳走でも食べているんだろうな。
俺はテレビに目を移すと、一本目のビールを一気に飲み干した。


二本目をややヤケクソに空けようとした、そのときだった。
外に車の停まる音がした。


下の若い男の車の音ではない。
あの忌々しいほど五月蝿い排気音ではないから。
俺はなんだろうと思いつつ、二本目を空けた。

階段を昇る音がする。
音はうちの前でとまると、静かにドアをノックした。

「はーい。」

身体を起こして玄関に向かう。
ドアの向こうから返事はない。

「どなたですか?」

もう一度聞くと、返事の代わりに再びノックが返ってきた。
おかしな来訪者を不振に思いつつ、俺はノブに手を掛けてゆっくりとドアを開けた。


そこに立っていたのは、小さな来訪者だった。


「どうした!?」

びっくりした俺は少し大きな声を出していた。
来訪者越しに見えるアパートの前に停まっていた車の前に、夫婦が立っていた。
遠目に俺を確認すると、俺に軽く会釈した。
俺も会釈し返すと、二人は車に乗り込み、やがて走り去っていった。

「おい、どうしたんだよ?」

いまいち状況が掴めず戸惑っている俺に、少しの沈黙の後に寿司明が口を開いた。

「僕、・・・僕やっぱりお父さんと一緒がいい。」

小さな声で、だがしかし俺の胸に突き刺さるその言葉で俺はハッとした。

今まで胸につかえていた何かがポロっと抜け落ちた気がした。
目の前のか細い存在が必死に考え、そして出した答え。
嬉しさが俺の全身を駆け抜け、顔が熱くなっていくのがわかった。

「・・・そうか。そうだよな。寿司明のお父さんは世界に一人だよな。」

大粒の水滴が玄関のアスファルトを濡らした。
少し驚いた顔をして、寿司明が俺を覗き込んだ。

「お父さん、泣いてるの?」

慌てて涙を拭うと、少し笑いながら俺はこう返した。

「馬鹿だなぁ。お父さんは大人だぞ!?ただ少し、さっき食べたお寿司のワサビが効いてるだけだよ。」

「えぇー!一人でお寿司食べたの?ずるいよ、お父さんだけ!」

「そうだな。じゃあこれから一緒にスシカヅに食べに行こうか?」

「今から??やったー!それじゃあ出かける準備しなきゃ!」

すっかりいつもと同じ調子で話す寿司明。
俺は上着を羽織ながら、学生の頃当時好きだった先生が教えてくれた哲学者の言葉をふと思い出した。

~寿司に勝るご馳走があるとすれば、それは愛する人間の笑顔に他ならない~

今も昔も、どんなに時代が変わっても、結局「ヒト」が欲するものってのはそんなに変わらないんだろう。

ドアに鍵をかけ、アパートを後にした。

「寿司明はスシカヅ好きか?」

「うん!大好きだよ!」

「そうか。お父さんも大好きだよ。」



硬く握られた手と手の間から、ほんのり「酢」の香りがした気がした。
だがしかし、それはすぐに夜の闇に溶けて消えていった。


街灯の映す二人の影が、どこまでも何処までも伸びていた。


(完)











不思議なもんで、「寿司明」っておかしな名前、そんなに違和感なくなったでしょ?笑







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