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大変遅くなって申し訳ありません。

日曜日に行った物資支援の報告です。


まずはじめに、物資を協力してくれた皆さん、本当にありがとうございました。

たくさんの物資とお金が集まりまして、本当に感謝です。

個別にお礼を言うのが筋だと思うんですけど、なにぶん人数が多いもので。

この場を借りて、お礼とさせていただきます。



さて。

僕等が行ったのは、福島県のいわき市。

原発から地図でいうところの4,50キロくらいなんでしょうか。

北の方は非難区域に指定されている市です。



順番を追って説明します。


まず、僕等は車二台で常磐自動車道を使って向かったのですが。

行く前は、高速大丈夫かな、なんて心配もあって。

一応道路公団のHPを調べていったんで、大丈夫そうだというのはわかってたんですが。

実際走ってみて。けっこう拍子抜けしました。

思っている以上に普段通りで、たまに地面が波打ってるとこもあったんですが、

普通の高速でもあるくらいのレベルだったので、違和感は特にありませんでした。

おそらく、この一か月でだいぶ直ったんだと思います。

ただ、僕等の降りた「いわき中央」という出口より先は、通行止めになってました。

海岸に近い方は、まだ補修が追いついていないんだと思われます。


最初は、別の場所に行く予定だったんですけど。

いろいろと問題が起こりまして。一週間ほど前に急遽変更になりまして。

ウォータースライドのカズさんが支援物資に行った話を聞いて、同じところを紹介してもらいました。


いわきに住んでいる、浅野君という人を紹介してもらって。

浅野君に、物資を持っていく先を調べてもらいました。

その結果、避難所になっているある中学校になったんですけど。


浅野君に聞いた話だと。

何件か避難所をまわって、必要だと言われた物資を卸していくことになりそうです、とのことだったんですが。

そこは全ての物資を受け入れてくれまして(一点のみ除く。後述)。

洗剤、軟膏、水、歯ブラシ、絵本。

(集まった物資は、ツトム君が写真を撮っていたので、そのうち彼の日記に載ると思います)

そして事前に欲しいと言われていた冷蔵庫。


冷蔵庫はですね。集まった物資を腐らせない為だということです。

いわき市は、市街地に関してはこちらとそんなに変わりません。

道路がたまに地震の影響でぼこぼこはしていましたが、それ以外はほとんど普通に生活出来る状況です。

で、その中に、津波の被害にあわれた人や原発から近い地域の人が非難してきていて。

新しく部屋を借りたりする人が多いので、どこも電化製品が品薄だそうで。

冷蔵庫も、ほとんどが売り切れているそうで、その為に頼まれたものです。


持っていった物資で、唯一オムツだけは必要ないと言われたんですが、

(その避難所の一番小さい子が小学生だった為)それも引き取ってもらいました。

その避難所から横のネットワークを使って、オムツが必要なところに持っていってくれるそうです。


僕等の対応をしてくれた、ここの校長先生がですね。

凄いリーダーシップを持った方で。


浅野君に聞いた話だと。

普通、避難所に僕等みたいの物資を持っていった場合、受付で物資を卸して、

まあ一応連絡先を書いて、どうもありがとうございました、で終わりらしいんですけど。

この校長先生は、物資を卸し終わった僕等を校長室に招いてくれて。

3月11日からの、細かい状況を教えてくれました。



地震が起きてから、避難してきた人を受け入れた事。

行政の対応が追い付かなくて、物資がまったくなかった事。

物資が無いため、暖を取れずに凍死者が出た避難所があった事。

物資が届くようになってからの、自衛隊の活躍。



正直、最初に校長室に招かれてお茶を出されたときは、話好きのおじさんなのかなあなんて思っていたんですが。

決して偏らない自分の感情を交えつつ、起こった事や状況を適切に話してくださったその校長先生に、

我々三人もすぐに姿勢を正して話を聞くようになりました。


被災を受けた土地から離れた土地に暮らす僕等がそういう話を聞くっていうのは、

たぶん重要なことなんだと思います。

帰ってみんなに伝える、ということもそうだし、万が一我々が同じような事態に直面した場合、

それを知ってるのと知らないのでは大違いだから。

だからこそ、あの先生は僕等にそういう話を聞かせてくれたんでしょう。


このご時世、教職者も変わってきているなんて話をよく聞きますけど。

なんだか「本物の教師」を見た気がしました。

ツトム君とりょうちんと、「あの人に会えただけで今日は充実した休日だったね!」って話したくらいです。




その先生が教えてくれた話をひとつ。


いわき市では給食センターが8つあるそうなんですが。

その全てが被災して、現在は給食が出せない状態だそうで。

もとからいる児童+避難してきている児童は、当然弁当持参で学校にいってるそうなんですが。


だけどね。

被災者である児童は、弁当なんか持ってこれない子がほとんどなんですよ。

当然ですよね、着の身着のままで逃げてきているわけですから。

日常を暮らす食事は救援物資なんかで賄っているわけで、弁当の分までは手が回らないですよね。


もちろん、そういう子が食べられないということはありません。

弁当がない子には、その分の物資もありますから。


ただね、そういう子は。

お昼の時間に、涙を流すそうです。

弁当がある子もいる中、自分には親の用意した弁当がないというみじめさから。

そして、同じく。そういう子を送りだす親も、避難所で悲しくなるそうです。

親であるにも関わらず、何も出来ない自分の無力さに。




その話をね、校長先生と、途中から来た若い役所(?)の人が。

涙を浮かべながら教えてくれたんです。

で、その二人は「みんなが同じものを食べられるようにしたい」ということで。

知り合いのパン屋なんかに話をつけて。

向こう何週間かの千食分の給食を用意したそうです。


これ、凄いのが。

この人の学校の話じゃないんですよ。

他の学校のそういう話を聞いて、そこの分を用意してるんです。

もちろんね、この人達が身銭を切っているわけではないし、この人達が実際に作ってるわけじゃないですけど。

でも、自分達の仕事もこなしつつ、特に自分の避難所の事もいろいろある中で、

こういう事に労力が割けるっていうのは、本当に立派な事だと思います。



そして、ここで卸さなかった唯一の物資が、ビールだったんですけど。


僕等はもともと、パンとビールを中心に物資を集めていて。

パンも結局、食べるものはそこまで必要ではないということでやめたんですよ。

ツトム君がパン屋であるとはいえ、必要でないものを持っていくのは違うだろ、という事で。


ビールは皆さんのおかげでけっこうな数が集まりまして。

有難い話なんですけど。

ただね、これに関しては若干失敗でした。


もちろんね、調べた結果でビールをチョイスしたわけで。

実際、避難している人は、嗜好品の類は手に入りませんから。

酒呑みたい!という声がたくさんあるのも事実なんですけど。


ただね、やっぱり「受け入れる側」の立場としては、困るみたいなんですよね。

酒を呑まない人もいる中で、そういうものを持っていったときの不公平さだったり、

もしくはお酒を呑んで起こりうる秩序の乱れだったりを懸念しているんでしょう。

被災した行政のHPなんかでも、最近はアルコール類を断っているところがほとんどで。


僕等もね、多少そういう事も考慮してのチョイスだったんですが。

場合によっては強行突破で渡してきてしまおうか、とも話してて。

やっぱり、酒を呑む立場からすると、そういうのも重要だと考えたんですけど。

思った以上にハードルが高かったので、断念せざるを得ませんでした。


これね、結果オーライ以外の何物でもないんですけど。

先ほどの浅野君、バンドマンなんですが。

ちょうどその日、彼の懇意のライブハウスで、被災地の為のベネフィット企画のライブがありまして。

そこに全てビールを寄付してきました。

ビール呑む分のお金を寄付に回してもらおうということで、振る舞い酒用に。

なもんで、集まったビールは無駄にならずに済みました。

最悪、ビールを我々に届けてくれた人には謝るつもりだったんですが。

微力ではあるけど、それでも被災地の手助けになって良かったです。




今回思ったのは。


個人で物資を持っていくってのは難しいって事。



浅野君と連絡を取っているとき。

何が必要なのかってのをずっと聞いてたんですけど。

いまいち要領を得ないというか、悪い言い方をすれば煮え切らない答えだったりしたんですよ。

それって、浅野君の性格だったり、もしくは援助してもらう事に対する遠慮だったりするのかとも思ってたんですけど。


でもね、違うんです。

実際に被災地でも何が必要かは、本当に一日単位で変わってくるんです。

だから、現場の人ですら一週間後には何が必要かはわからないんですよ。

僕等みたいなのは「何日に行きます」って予告していくわけですから。

そして、物資を頼んだところで、その日になったら無駄になる可能性もあるんですよね。

そういう事態に気を使ってくれていたんです。

さっき言った冷蔵庫も、行く前日に向こうから言われて。急遽用意したもので。

でも、結果的に冷蔵庫が一番助かったって言うんですよね。

今までの僕等では、まったく想像もしませんでしたから、冷蔵庫を持っていくなんて。

つまり、フットワークが軽いのが一番効率的だということがわかりました。

欲しいと言われたものを、それこそ翌日にでも持っていけるフットワーク。

それはなかなか難しいんですけどね。



で、なおかつ。

僕等みたいな個人の物資救援は。

決して自己満足ではなく、有効だということもわかりました。



いわき市にも、全国から物資が集まっていて。

競輪場に、それこそ膨大な量の物資が届いてるそうなんですが。

それが、流通の関係でまったく避難所に届かなかったそうです。

物資がなくて困っている先月の時点でも。

そこまで出向いてるにも関わらず、行政の許可が出ないと持っていけなかったらしく。

その許可も、取るのにだいぶ時間がかかるらしくてね。

人参をぶら下げられた馬と一緒ですよ。

校長先生もそれでだいぶ歯がゆい思いをしたそうです。


となると。やっぱり僕等みたいのも決して自己満足ではなく、確かに役に立っているんです。

一番いいのは「個と個」で連携を取って、それが全ての被災地に行きわたる事ではないかなあ、と。

これは個人的な意見ですが。



最後に。

まったく物資が届かなかった頃のその中学校に。

一人の若者がボランティアに来たそうで。

校長先生がその若者に「君は何が出来ますか?」って聞いたところ。

「僕は『発信』が出来ます」と。

発信ってのはつまり、ツイッターの事だったそうで。


ツイッターって、現在やってる人はそれこそ星の数ほどいるわけで、

それを「自分の出来る事」にするのって、あまりにも脆弱なイメージですけど。


でもそれを聞いて校長先生が「じゃあお願いします。ここが物資がないことを誰かに伝えてください」って、

その若者に言って。


食糧すらままならない状況で。

その若者がツイッターでつぶやいた事で、それを見た人から三日後には物資が届いたそうです。


俺ね、けっこうツイッターには否定的だったんです。

否定、まではいかないけれども、それでも俺には必要ないな、って。

地震が起きて、ツイッターが一番つながったという話を聞いてもなお、そうだったんですよ。


正直、安否確認だったりって、したところで状況が変わるわけではないし、

なにより情報が多すぎて、まったくないのもどうかと思うけど、それはそれでどうなんだろうって思ってて。


でも、それを聞いてちょっと考えが変わりました。

そういうことがあるなら、やってるのも無駄ではないんだな、って。


その若者、僕等が行ったときにも居たんですけどね。

校長先生が僕等に「彼はここの救世主なんだよ」って、誇らしげに紹介してくれました。



なもんで、俺もツイッターはじめました。

まあ、基本的にはふざけてるんで、特にここには載せないですけど。

興味ある人は探してください笑



今回の話で何か聞きたい事がある人は、いつでも声掛けてください。
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