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古い時代のアメリカの、あるボクサーの話。





そのボクサーは、ボクサーとしては弱い部類だった。

チャンピオンはおろか、ランキングに入るのも夢のまた夢というレベル。

栄光の影には、その何倍もの挫折や敗北があるわけだけれども、

彼はまさしくそういう存在のひとつであった。



ただでさえ選手生命の短いボクシング。

弱さ、は、大袈裟ではなく命を奪うことすらあるその競技の特色から、

早くに見切りをつけて引退するものも多いと聞く。


特に彼の生きていた時代のボクシングは今ほど洗練されたシステムなどなかったから、

体になんらかの故障を抱えて去っていくものは星の数ほどいたという。


そして、そんな中で。

彼はひとつの特徴を持ったボクサーだった。


戦歴はお世辞にもいいと言えず、何十戦とこなした試合の中で、勝ちは片手の指で数えられるほど。

普通であれば自分の才能に限界を感じて、またはボクサーとしては成立しない身体となることで、

引退を考えてもおかしくない状況。

それでも彼はボクシングをやめることなく、ただ黙々と試合をこなしていった。


そして、最大の特徴は。

彼は自分の中で、KO負けが一度もなかった。

その戦歴の全ての負けが判定か、もしくは今で言うところのドクターストップのような、

外部から試合を止められる事のみであった。


今のような3ノックダウン制などなかった時代、一試合に二桁のダウンを喫することもあったが、

それでも彼は必ず立ち上がって試合を続けた。


そう、彼は。

ボクサーとしては不本意なほどの数の負け星を積み重ねながら、

それでも10個目のカウントを聞いた事は一度も無かったのである。



あるとき、その異端とも言える彼の戦歴に注目したメディアにとりあげられ、

彼は一躍、時の人となった。


しかしながら世間の目は、決して優れたボクサーに向けられるそれではなかった。

なにせそれだけ負けの多い選手、決してボクサーとしての技術があったわけではない。

腕をブンブンと振り回しながら敵に向かっていって、倒される。

そして起き上がったと思うと、また相手めがけて考えなし(であるかのように)突っ込んでいくのだ。

その滑稽な様に、人々は嘲笑の意味を多分に含んだニュアンスで注目したのだった。

言ってみれば彼は、見世物であったのだ。



それまででは考えられないほどの数の客の前で試合をするようになった。

彼がダウンする度に歓声をあげる観客。

高度経済成長真っ只中のその時代のアメリカにおいて、彼はうってつけの娯楽であった。

「金の為にあんな惨めな姿をさらけ出して、ボクサーの恥だ」などと揶揄する人間もいたが、

彼は、様々な自分に向けられている声はお構いなしであるかのように、今まで通り試合を続けていった。



やがて、彼にも引退のときは来る。

彼の滑稽な姿が見られるのもこれで最後だ。引退試合はもちろん超満員。

「最後は一度もダウンしないんではないか?」「いや、最後だからノックダウンするんじゃないか?」

およそボクシングの試合とは思えないのどかな雰囲気の中、お客は様々な憶測を語らいつつ、試合を待っていた。


最後の試合も、彼は今までどおりだった。

たくさんのダウンで客を沸かせ、そして立ち上がり、判定で負けたのだった。


最後の最後、引退セレモニーで。

そのスタイルとは裏腹に、およそリップサービスなどしなかった彼が。

初めてそこで、自分のボクシングについて語った。





「よく、『なぜ倒されても倒されても起き上がるんだい?』って聞かれたよ。

その度に思っていたんだ。『なぜ倒されたら起き上がらないんだい?』ってさ。

誰だって嫌な事はあるだろう?

仕事で失敗することだってあるし、好きな子にフラれることだってあるよ。

でも、だからといって一度の小さなミスで会社は辞めないし、フラれたってまた別に好きな子は出来る。

おんなじ事さ。ただ、俺にとってはそれがボクシングだっただけだよ。

大人になってもハイハイしてるやつは見たことないぜ。

みんな、何度失敗しても繰り返しチャレンジして歩けるようになったんだ。

赤ん坊だって知ってる事だろ?」




客席は水を打ったように静まり返った。

誰もが思った。笑われていたのは自分だったんだ、と。


静寂はやがて大きな拍手に変わり、偉大なボクサーの最後の花道を飾った。




引退後、彼をめぐる評価で様々な論争が繰り広げられた。

俺はもともと評価していたんだ、などと今更言い出す輩もたくさんあらわれたし、

それでもボクサーとしては三流だったんだ、と酷評するものもいた。

そして、その様々な意見に耳を貸すことなく、彼はその後人前に姿をあらわすことはなかった。



そしてそのかわり、彼の名前は後世まで語り継がれることとなる。

不屈の精神の象徴として。

人々は、尊敬の念を込めて彼、つまりダウンする度に起き上がってきたボクサー「ジェームス」をこう呼ぶのだ。


ダウンJ、と。











二回連続同じような話で申し訳ないんだけどさ。

昨日の引越の客。

けっこうなじいさんだったんだけどね。

その客のダンボールに、こう書いてあったんだよね。




「コート・ダウンJ」




「J」てッ!!

ジャケットを「J」てッ!!

ハイカラすぎるでしょッ!!



つうか、不屈かッ!!

不屈の魂かよッ!!





俺くらいになるとね。

ツッコミの為に一人のアメリカ人ボクサーでっち上げるくらいはするんだぜ。
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