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大阪に行ってきました。

自分の価値観がひっくり返るような、まったく新しい思考の発見はやっぱりなくて
何度もいろいろな瞬間で繰り返し思っていることが、明確になり、少しずつ深くなるんだろうな、なんて。




この前の投稿で書いたとおり、(嫁の)おじいちゃんと息子の初対面がメインイベントでした。
おじいちゃんはもう91歳、思考はとってもしっかりしているけれど
いかんせん体がついてこない。

「神戸あたりなら何とか行くんやけど、関東まではよう行かん」

と何度も話していて、機会を探って実現した今回の帰省でした。
僕が大阪のおじいちゃん家へ行くのは2回目。
土曜日に出て、僕だけ先に月曜に帰宅、嫁と息子は昨日まで。

到着した土曜日はおじいちゃんの弟さん(なんて呼べば良いのだろう)や
その息子さん夫婦など、総勢12?13?名で会食。
皆わざわざ時間を作って集まってくれ、その瞬間を楽しみにしてくれていた人たち。

僕の目の前でおじいちゃんとその弟さんが話をする。
年をとっているから話の中心はだんだんと昔話になる。

戦争の頃の話や、お母さんがこどもの時の話、戦後の食糧不足と闇市の話。
“悲惨”な話もすべてあっけらかんと、過ぎたことは笑うしかないよ!みたいに。

当たり前なんだけど、その1つ1つの瞬間の判断や偶然が
全部今のこの時間につながっている。



そして、なんというのだろう。
こんなにも感謝されることがあるんだろうか、というくらいたくさんの感謝をされました。

おじいちゃんは91歳。
弟さんも80代後半。
大先輩の大先輩なのですが、そんな人が言うのです。

「忙しい中、本当に遠くまで来てくれてありがとう」
「まさか自分が生きている間にひ孫に会えるなんて思っていなかった」
「自分は本当に幸せだ、ありがとう」

それは何度も何回も。

僕は
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」

なんて答えながら、本当はなんだか後ろめたく思っていた。

「大阪まで2時間半だし、少し無理すれば仕事なんて1日くらいいくらでもどうにでもなるんです」
「大阪は出張でも何度も来ているし、そんなに心からの感謝をされるほどのことは無いのです、すいません」
「むしろこちらこそ、僕までつながるたくさんの瞬間を紡いでくれてありがとうございます」


2000年にラオスのバンビエンでどっぷり沈没していた時、そこに集まったメンバーでよく話したこと。
「“本当に”そう想うなら、朝の9時に家を出て、時差も手伝ってその日の夕方にはここへ来れるんだ」
「僕らはそぐにここへ戻ってこれるんだ、そうだ決して遠くないんだ」

でも実際にそうした人は多分ほとんどいない。
その壁は、距離とか時間とは違うところにある、という話。



嫁と息子を残して、家へ帰る日。
月曜の昼におじいちゃんの家を出て、おじいちゃんの家の最寄りの私鉄駅から大阪中心部へ向かう電車に乗っていた。
月曜の昼ということもあって、乗客はほとんどいない。

その電車は全体的に少し高台を走った。
ぼんやり音楽を聞きながら、車窓の外に見えた、たくさんのマンションと家々。

その全部に、おじいちゃんや僕のようにストーリーを持った人が生活をしている。
その数はとてつもないし、その1つ1つを理解できないし、期待も思想もさまざまで。

でも、多分その中に、今回のおじいちゃんほど心を動かしてくれる人はいないと思う。
あれだけの気持ちの変化が起こる人はそこにはいないと思う。



僕が“実際に”時間を費やしてやりたいことが、改めて明確になった気がした。




=====

明日は雨模様のようですが、会社入社以来10年、ずーっと良くしてもらっている先輩の結婚式です。
僕は二次会での余興をお願いされています。

3年前の自分の結婚式とほぼ同じタイミングの土曜日。
「あいつが後輩でよかった」
と思われるような、会心のパフォーマンスをしてきたいと思います。


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