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ひっそりと

ブログを再び

書いてみる






だいたいね。

久しぶりになにかを始めるときは。

一句詠んどけば間違いないだろうと。


どうですか、この隙のない俳句。

「ひっそりと」で、誰も閲覧する事のなくなったこのブログを表し、

「ブログを再び」で、過去にはブログを更新していた事を示唆しつつ、

「書いてみる」で、書いてみる事を鮮やかに表現してみせたわけです。


ホントさあ。

とんでないブランクがあっての、この入り方。

天才?天才なんじゃね?

俺と三井寿は過去の自分を美化して今の自分を責める傾向があるので、

自分としては昔の方がよく書けたなとは思ってるんですけど。

まあ、俺が言わなくても周りのみんながきっと言うでしょうね。



「磯野〜、野球いこうぜ〜!」って。




って、中島!!

中島かよ!!

「カツオ、野球にいく」と、

何と何の三本でうふふふー、だよッ!!




ホントね。

心配。


明日から俺のあだ名、クレー556になるんじゃないかって。

あまりにも錆び付かなくて、クレー556って呼ばれちゃうんじゃないかって。


もう、いきなり呼ばれたって、急には反応出来ないんだからね!

あたしはクレー556じゃなくて、ちゃんと名前あるんだからね!

反応、、、出来ないんだから、、、






本気出せば。

ここからラブコメ書く事も出来るわけですよ。

素直になれない主人公があいつに対する気持ちに徐々に気付きつつ、

取り憑かれた地縛霊と二人三脚でカバディ日本代表を目指す新感覚ラブコメディーで、

最終的に実写映画化まで見えてるんですけどね。

今日のところはそれは保留しつつ。

昨日、直樹の娘と二人で出かけたときのエピソード披露しようかと思ってんですけど。




ブログ久しぶりすぎて、どこから説明したらいいもんかわかんないですけど。

一応説明しとくと、直樹ってのは言わずと知れたうちのギタリスト。

俺とは高校生の頃からの付き合いで。

で、その娘が現在5歳なんですけどね。


昨日、直樹の嫁、そして俺の幼なじみからですね。

仕事で原稿書かなきゃいけなくて、5、6時間娘の面倒をみてくれないかと頼まれまして。

いいぜってことで二人で出かけたんですけど。


とりあえず地元のパルコで俺の買い物に付き合ってもらって、

その後電車でひと駅移動、北浦和でユニオン行ってちょっと買い物しつつ、

その側の公園で遊んできまして。

まあ個人的にものすごく満足しましたし、

たぶん直樹の娘もそれなりに楽しんでて。

いい1日だったわけですが。




帰り。

最寄駅から直樹の娘を徒歩で送る途中。


子供を後ろに乗せた自転車のお母さんとすれ違いまして。

後ろに乗った女の子と、直樹の娘が。

お互いに「あ!」って言いながら手を降りあって。

自転車はそれに気づかなかったのかはわかりませんが、

スピードを緩める事なくそのまま走り去っていったんですけどね。



地元ですからね。

幼稚園の年長さんである彼女。こんな事もあるでしょう。

「幼稚園のお友達?」って聞いたんですよ。


そしたらね、「うん、友達」って。

続けて「へぇ〜、なんて名前の子?」って聞いたらさ。


「うんとね、あの子はね、年中さんで、バラ組なんだよ」

って言うんですよ。



ちょっとニヤニヤしちゃって。

名前は?って聞いてんのに、全然答えになってなくて。

ははーん、さてはと思いまして。

まあ、そういう事もあるでしょう。

大人だって、なんとなく付き合いはあるけども、聞こうと思ってタイミング逃して、みたいな事ありますからね。

ちょっと意地が悪いかな、とは思いつつ、問いただしてみたんですよ。

「お友達なのに、名前知らないの?」って。


そしたら彼女。

ちょっと焦ってね。こう答えたんですよ。






「名前は知ってるよ!知ってるけどね。

今日は名札つけてないからわかんなかった。」





って、お前は政治家かよッ!!

汚職した政治家の記者会見かよッ!!


無茶な言い訳とは知りつつ、とりあえず記者会見をそれでやり過ごして、

喉元過ぎればなんとやら、かよッ!!



この腐りきった世界を変えるのはッ!!

俺たち国民一人一人の意思表示ッ!!


選挙に行くのはもちろんとして、それ以外に一体何が出来るのだろうッ!!


俺がこの小さな手のひらでッ!

出来る事って一体なんなんだろうッ!!!







もうね。天才。

面白エピソード書いてると思ったら。

読者の気づかぬうちに、とんでない社会派なメッセージを織り込んじゃう、っていうね。




ホントね。

心配。

明日から鶴の恩返しって呼ばれちゃうんじゃないかって。

織り込みすぎて、鶴の恩返しって呼ばれちゃうんじゃないかってさ。
**
少し時間が経ってしまいましたが、無事に4/4のFOUR TOMORROW企画"Homewardbound #3"が終了しました。
当日遊びに来てくれた皆さん、本当にありがとうございました。

少し時間を置きながら、戻った日常の中で時々思い返して、自分の考えを整理してました。
改めて、自分たちにとっての原点のような1日だった、と感じてます。

これまでもFOUR TOMORROWの活動を続けてきた中で、
要所要所での大切な決断の後押しは、「時間としては決して長くない君との直接のやり取り」、だったと理解しています。

そんな瞬間がいくつもあって、背中を押された「やっぱり自分たちはこっちに行こう」
そんなことを感じた1日でした。

何人かの人と話をして、ブログで続けたバンド紹介の話をほめてもらった。
企画をするにあたって最初に書いた通り「自分たちで企画をする」ということはそういうことなんだと思ってます。
で、それをきちんと「表現」したい。

流れる大きな川に投げ入れてしまうのではなく、ある一定の文字数できちんと表現しようとするとけっこうな時間がかかる。
例えば僕はわしとマチを担当したのだけれど、かれこれ2-3日は彼らのことをずっと考えて、音源を改めて聞いて、
文字におこして、のぎちゃんを思い出して、消して、また文字におこした。
そうしていくうちに、当日がどんどん楽しみになった。
メンバーがあげてくる文章もとても楽しみだったし、その文章を読んで改めて音源を聞きなおして、また当日が楽しみになった。

初めて企画をした時の気持ちはそんなんだったんだと思う。
また次の企画がとても楽しみです。

Homewardboundの和訳は「早く家に帰りたい」



***
次のライブまであっという間に1ヶ月を切ってしまいました。
4/4は遅くまで打ち上げで飲んで酔っ払って帰ったので、間違えてなおきのギターを実家に持って帰ってしまった。
あいつはギターの練習をしてるだろうか。

6月はライブができそうだったので、こういう状態になるのがわかった瞬間から
「ライブやりたいときは手伝うので、気にせず言ってください!」
と言ってくれていたdoes it floatに企画をお願いしました。

いや、そもそもここ3-4年、彼らは僕らの周りのベストバンドだと僕は個人的に思っている。
あの疾走感にあの展開とコーラスワークを混ぜられたら最高に決まっている。
そんなわけで彼らを見ながらビールを飲むと、足で刻むリズムがとても激しくなってしまう。

彼らとの出会いは
と調子よく書き始めて、これはまた次の機会にしよう、なんてことを思ったのでした。


****
連休を利用してベトナムのホーチミンに行ってきました。
ホーチミンに行ったのは3回目です。

初めて訪れたのは1人でインドシナ半島をぐるっと回った2001年。
今でもよく覚えているけれど、ホーチミンのゲストハウスをチェックアウトしてカンボジアのプノンペンへ向かうバスを待ちながら
ふと薄暗いゲストハウスのロビーのテレビを見たら、はるか遠いアメリカで飛行機が高層ビルに突っ込んでいた。
9月11日だった。

2回目は野澤先生(アルバムの解説を読んでください)といっしょに訪れた2009年夏。
もう6年も前なのだけれど、ファーストアルバムはリリースされていた。
たくさんの酒を飲みながらずいぶんたくさんの話をした。
主に不明確な未来に対する、グラッグラの僕たちの針路とそこに至った過程と具体的経験の話だった。

そして今回。
6年ぶりにホーチミンに行って感じたことは、ベトナムは変わったけどそれ以上に自分が変わっている、ということ。
息子と嫁が一緒だし、お金の使い方も全然違う。
でもたぶん根本の部分ではかわっていないのだな、と思う。

街をうろつきながらいろいろなことを思い出す。

一緒のゲストハウスだったあのかわいい子は幸せに過ごしているだろうか?
ラオスのバンビエンからベトナムを一緒に南下した二人は元気にしているだろうか?
彼らはたぶんもう40歳を越えていると思う。
16年前僕はホーチミンで小さなギターを買ったんだけど、あのギター屋の女の子は元気だろうか?

僕が訪れた数日前の4/30はベトナム戦争の終戦記念日=ベトナムにとっての開放記念日だった。
今年はちょうど40周年、いまだに社会主義のベトナムの街はそこらじゅうにプロパガンダのポスターがあふれていた。

僕が初めて訪ねた年の20年くらい前は、まだ戦争をしていたんだな。
まだジョンレノンが生きていた頃。


そんな街を息子が駆けまわっていた。

04/04/2015    [4/3更新] Homeward Bound #3
[4/3]超私的出演バンド紹介#6 OUT OF STYLeを更新しました!
いよいよ明日です、お待ちしてます!


※4/4の企画まではこの記事が一番上にきます
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残すところ1ヶ月!に迫ったHomeward Bound#3!
個人的に「企画は愛である」と思っています。それもとても私的な愛。
それをきちんと表現するべく、これから毎週メンバー持ち回りによる
「出演全バンド超私的紹介!」をここに連載していきます!

企画の当日まで、のんびり楽しんでもらえるとうれしいです。

FOUR TOMORROW presents
Homeward Bound #3
---------------------------------------
2015.4.4(sat) Shimokitazawa Three
---------------------------------------
60' WHALES
OUT OF STYLe
STARVINGMAN
SOON
SUMMERMAN
わしとマチ
FOUR TOMORROW
---------------------------------------
OPEN 17:00 START 17:30
ADV1,800yen Door 2,000yen
チケット予約はfourtomorrow@hotmail.comもしくは各メンバーまで!

150304.jpg

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2015/4/3更新
超私的出演バンド紹介#6 OUT OF STYLe (ナガサワノリアキ/ベース)
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OUTOFSTYLeに初めて会った日の事は、今でも鮮明に覚えている。
正確に言うと、初めて会ったときは柳とハリーの2人だったんだけど。

たまたま俺たちのライブを見て、「スプロケのライブにいたよね?」って声かけられて仲良くなったFIFTHWHEELの藤木。彼が、自分達のライブがあるから見にきてよって誘ってくれた高円寺にて。もうたぶん、15年くらい前の話。ライブの始まる前に、藤木や他のメンバーと駅前のマックで雑談してたんだけど、そこに現れたのが柳とハリーだった。
どえらいいかつい見た目で、二人とも目つき悪いし、俺のことなんか歯牙にもかけない態度で。「うおー、つうかこれ、殺し屋やんけ!後ろのメガネのやつ、絶対ナイフ使うタイプのやつやんけ!」って、思わず心の中で関西弁になってしまうほどの衝撃で。今考えると、彼等らしいといえばらしい態度だったんだけど、当時は「あー、この人達絶対俺みたいなタイプ嫌いだろうな」ってのが第一印象で。

当時のアウトブは、周りのバンドの中でも特出してライブバンドだった。誘われたライブはもちろん、ブッキングみたいのも死ぬほど出てて。たしか、すげえときは3日に1回くらいのペースでライブやってて、機会があれば地方にもガンガン行ってたと記憶しているんだけど。あの頃のアウトブには、「経験値を重ねている事に対する自信」みたいなものに満ち溢れていた。それは、技術的なところもそうだったし、自他共に認めざるを得ない活動やステージングだったし、決して嫌な印象のそれではなかったけども個人的には「尖っている」って表現がピッタリだった気がしていた。

一緒にライブをやるようになってから数年、我々とFIFTHWHEELのスプリットカセットのレコ発があって。当時我々がホームタウンとしていた西荻WATT'Sで共演していた、所謂「西荻系」みたいに呼ばれていたバンド、それから藤木達の事をよく誘っていたcradle to graveをはじめとするメロディックのバンドが出演していて、手前味噌だけどすごい面白い組み合わせの1日だったと記憶しているんだけど。そこにアウトブも出てもらっていてね。
アウトブのライブが終わってすぐだったと思うんだけど。ライブ会場だったWATT'Sの外、汗まみれで少し息を切らしながら某宗教団体の事務所の前で柳が寝そべって空を見てて。もう外は暗くなってるくらいの時間だったんだけど。
俺はたぶん「今日はおつかれ、ありがと」みたいな、なんでもない事を話しかけてね。そしたらあいつ、態勢も変えずに、柳にしては少しデカイ声で俺に言ったんだよね。

「あー、お前らは基盤があっていいなー!!」

ちょっと悔しそうに。自分のライブが終わったばっかだってのに。今でも忘れないけど、「基盤」なんていう、日常生活ではおよそ使わない単語を持ち出して。
前述したように、その日はメインである俺たち2バンドの色がよく出たライブだと思ってて。たぶん柳にはそれが「あいつらにはそれぞれのホームタウンがある」と映ったんだろうね。物事を暗く考えがちな柳っぽい、いいエピソードだと俺は思ってるから、未だにあの場面の事鮮明に覚えているんだよね。

それから少し経って。柳とハリーなのかな、仕事が忙しくなってきて。一時期と比べて、というか、普通以下のレベルでしかライブが出来なかった時期が続いて。明らかに全盛期(もちろん、「バンドの」って意味じゃない。ライブの数、の話ね)に比べて、技術的なところでクオリティーが下がってて。ちょっとした演奏ミスだったり、そういうところで。それはもう、俺たちの中では「ライブやってねえし、スタジオ入ってねえだろ!」なんて笑いながら本人に話す事だったんだけどね。それでも、本人達には煮えきらない想いがあったんだと思う。トモに関してはいつも通り飄々としていて、あいつがいるからバランス取ってるよなあってとこはあるんだけど。あの頃の柳とハリーは、やっぱりいつも複雑な顔をしてた印象が強い。「俺たち、もっと出来るんだよ。でも、出来てないのは事実だから言い訳も出来ない」っていう類いの葛藤。断っておくけど、ゴリゴリにやってた頃も、一年に数回しか出来なかったその頃も、変わらずあいつらのライブはずっと良い。15年、変わらないペースでバンド活動続けても一向に上手くならない俺の歌とベースに比べたら全然大した事じゃねえじゃねえか!って笑い飛ばしたくなるけど。でもやっぱり、柳とハリーには元々持ってる物事を暗く考えがちな一面が大きくなってた時期はあったと思っている。
それからエリリンが加入して、何枚か音源も出して。そりゃあ昔と比べたら相変わらず活動としてはさみしいもんだけど、それでもまだバンドは続いてる。
俺個人の意見なのか、もしくはうちのバンドの総意としてある程度あるものなのかわからないんだけど。アウトブの活動が滞りがちになった頃から、「うちの要所のライブにはアウトブを呼びたい」ってのある。それは、言い換えると「お前らの基盤はここだぞ」っていう俺(達)からのアピールだ。クサい事言うようだけど、これだけのキャリアをお互いに重ねてきて、未だにバンドやってて、なおかつ一緒にいる俺たちがお互いに「ホーム」でないなんてバカな話はないと思っている。

ここ数年のアウトブのライブはやたらと盛り上がっている印象がある。もちろん、ライブが良いのは当たり前なんだけどさ。たぶん、たまにしかやらないという事も大きいんだと思う。
もうね、正直、ムカつくよね笑
俺らはずっと続けてんのにさ!たまにやってオイシイとこ横からかっさらっていきやがって、っさ。
前々回の企画もアウトブには出てもらっててね。こんなに短期間で同じバンドに出てもらうってのは、我々としては避けたいところだったんだけど。なんというかね、今回は。
「お前ら、たまにしかライブやらないから盛り上がってるけどな、俺等だって1年ぶりとかにやったら盛り上がんだぞ!」っていう当てつけ。格の違い見せてやんぞ馬鹿野郎!!
だから、ライブに来る人はね、是非ともアウトブよりも俺等のライブで盛り上がってください。一緒にあいつらギャフンと言わせましょう。

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2015/3/29更新
超私的出演バンド紹介#5 60' WHALES (ナガサワノリアキ/ベース)
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音楽性云々の前に、「それ、オールスターじゃん!いいに決まってんじゃん!!」て、
俺の男子心をくすぐるバンドって今までにいくつかあって。

例えば、MAKES NO SENSE。
結成当時、俺等よりも下の世代でブイブイ言わせてた若手バンドのメンバーが集まって出来たそれを見て
「若手オールスターじゃん!!」って密かにワクワクして。

例えば、RHYME DAYS AWAY。
コケ、ユーキャン、カイザーソゼ、フラットボウル。
ゴリゴリのスカバンドオールスター。しかも、メロディックをやっちゃうっていう。
どっちもね、当然、曲の格好良さはあるけども、それ以前に「そんなんきたねえわ!出てきた時点でいいに決まってるわ!」
っていう、憧れと嫉妬みたいな感情が入り交じるわけですよ。まあ、バンドマンの端くれとしては。

で、それの王様みたいな存在がね。
60'WHALESかな、と。

SOONもそうだったけど、やっぱり自分がバンド始めるきっかけになった世代の人達ですから。
上がらざるを得ないというか。
そことそこ一緒にバンドやるのかー!!マジかー!!ってなるわけですよ、最初に。
しかも、バンド名があきらかに某野球チームから取ってるし。そういう遊び心的なとこも含めてウキウキしちゃうというか。

そんでね、このバンド知ってから一個気になってた事があって。
ホエールズかZEROFASTだったか忘れちゃったけど、対バンしたときに芳賀さんに聞いたんですよね。
聞いたというか、俺の感想みたいなもんだったけど。

「芳賀さんって、サイドバンドみたいのやるイメージ全然なかったから、ホエールズ始めたの意外でした」って。
いろんなバンドちょこちょこやる人ってけっこういるし、むしろそっちの方が多かったりもするかもしれないけどね。
でも、芳賀さんてZEROFAST以外にバンドしてるの聞いた事なかったし、そっちが解散とかしたわけじゃなく、
このタイミングで新しいバンド始めるの、個人的に意外だったので。どんな心境なのかな、って、
単純に好奇心で聞いたんですけど。

そしたら芳賀さん。
「サカッチがさ、バンドやりたそうだったからさ。付き合ってやってんだよ。」って。
なんかもう、そのスタンスに。打ち上げの席でウオー!ってなって。
いや、もちろん本人目の前にして叫んだりはしませんでしたけど。
あー、なんかいいなあー、って。やっぱり、バンド続けてみるもんだなー、って。
自分達の遊び場は自分達で作れるもんなーって改めて思ったんですよね。

で、今回の企画。実はね、そのサカッチさんから個人的に連絡があって。
俺たちも出してくれないか、って。最初は社交辞令だったり冗談で言ってるのかって思ったんですけどね。
俺たちと一緒にやりたいって言って頂けて。

すごいのがね、「俺が勝手にやりたいって思ってるだけだから、そっちにオッケーもらってもメンバーに確認しなきゃいけないんだけどさあ!」って。
なんかもう、芳賀さんが「付き合ってやる」気になったの、すげえよくわかるエピソードっつうか。
こんなにも愛すべき先輩に「一緒にやりたい」って言われて感無量というか。
結局、メンバーもみなさん了解してもらって、今回急遽出てもらう事になった、と。

個人的には、オオノさん入ってから初めて見るので、物凄い楽しみにしてます
(オオノさんに関しても、Pigeonとかその辺語り出すとキリないくらい思い入れあるんですが、長くなるのでそれはまた別の機会に)。
ナトさんが、今回入れてあと二回で脱退するそうなので、この機会に是非とも見ておいた方がいいんではないかと、
そう思っております。


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2015/3/25更新
超私的出演バンド紹介#4 わしとマチ (ヤマオカヒロキ/ギター)
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20歳であれば20年間の中で、35歳であれば35年間の中で、その中で時々、何回も思い出す日が何日かあるものだと思う。
僕にもそんな日がいくつかあるのだけれど、そんな日の「ある1日」にデカイ声で歌ってくれたのが、わしとマチのノギちゃんだ。

彼と初めて出会った日のことは覚えていない。
でもそれは10年くらい前のことだと思う。

いつからか彼は、僕たちのライブにいた。
いや、その頃は特にBLOTTOのライブでよく見かけた。

最前列の少しスピーカー寄りで、そこにいる誰よりも圧倒的に、超越したテンションで前かがみになっている男。
今にも食いつかんばかりに、演者のマイクを極めて至近距離で見つめ、一緒になって大声で歌う男。
そしてテンションが沸点に達すると同時に演者を強烈に指差し確認し、遥か彼方へダイブで運ばれていく男。
それがノギちゃんだった。

僕にとって絵に描いたような「アグレッシブシンガロングドランクポップパンク野郎」だったノギちゃん。
そんな彼の歌声をはじめて聞いたのは、僕たちが初めて大合奏会を企画した2006年だったと思う。
正確には彼のやっていたバンド「ウンチングスタイル」なのかもしれないのだが、その記憶は曖昧なので大合奏会とする。

今となっては珍しくないその手の手作り企画も、当時は珍しいものだった。
初めての運営ということもあり、周辺からの苦情を気にかけながら、慎重に運営していた僕に一報が入った。
「出演者じゃないノギオが急に歌いだした!しかも3階のトイレで!!!」

僕は大慌てで3階のトイレに向かった。
「あのノギちゃんのことだ、何をしでかすかわからんぞ!」
そんな気持ちだった。

大慌てで到着した僕が見たものは「とてもデカイ声でソウルフルな歌を歌う」ノギちゃんだった。
今となってはそれはとても見慣れた光景なのかもしれない。

でもその歌は、当時の僕たちのノギちゃんのイメージからはずいぶんとかけ離れていた。
そして何と表現すればいいのか、その歌の「在り方」に、僕は心底心を振るわせられてしまった。
それはとても「デカイ声」で歌われた歌だったのだ。

そうして僕たちの距離はなぜかじょじょに縮まり、僕はよくマーチンのミニギターを抱え、ひとりで彼の主催する企画で歌った。
それは企画、というよりもとてもコンセプチュアルな小さな「集い」で、会場は彼とBLOTTO岡ちゃんが共同で暮らす、
ボロボロの一軒家だった。

キャパは多分10名、8人いればモッシュピットができ、盛り上がったキッズがモッシュ&ダイブで汗だくになる狭さだった。
来場者には漏れなく家主(兼企画者)から家主こだわりのハートランドの大瓶が配給された。
ハートランドというのがまた粋だ。
昼過ぎからゆるりと集まり、ビールを飲み、酔っ払ってラーメンを食べた。時に企画者は誰よりも早く眠った。

少し後になって思う。
あの小さな集いは、僕がずっと憧れていた、主に遠い外国で起こる、
その土地のにおいを多分に含んだ小さなインデペント活動みたいだと。
僕が初めてTV not Januaryや、じゅんくん(BEERS/ぐっとクルー)に出会ったのも、その小さな集いだった。

狭いながら、好きなレコードや本が大量に押し込められた、あの部屋に行けばすぐにわかる。
どうしてノギちゃんがあの集いを企画していたのか。
どうして彼の歌がああいう形で「在る」のか。

3年前の4月のある日、彼が歌ってくれた歌を僕はずっと忘れないだろう。
久しぶりに聞く、彼のデカイ声で歌われる歌が、今から楽しみで仕方が無い。

*2009年の小さな集いでICECREAMMANとして歌うノギちゃんはこちら。

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2015/3/18更新
超私的出演バンド紹介#3 STARVINGMAN (ワタナベナオキ/ギター)
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「STARVINGMANのこと」

近所にバンド友達が越してきた。

バンドマン人口を仮に国に例えるとして、「高円寺=中国」「下北沢=インド」とするならば、
おそらく「マケドニア」あたりに位置するであろう、わが町にバンドマンが越してくるのは非常に稀でとても喜ばしく、
浮足立ったぼくは早速我が家に招くことにした。

その友達、「マーティー」は手土産にシュークリームを買ってやってきた。

この一例が物語るように、彼は「かわいい一面も持ち合わせたとても律義なやつ」で、
ビートルズでいうところのポールマッカートニーに似た穏やかな顔立ち、
また「出されたごはんをおいしそうに残さず食べる」というポイントも相まって、
我が家での印象もすこぶる良く、それ以来、「近友(ちかとも)」として懇意にさせてもらっている。

そんな、パンクバンドのイメージとは一見かけ離れた好印象のマーティーだが、
彼のSNSを見るとその印象は「ガラリ」と変わる。

律義かつ、超が付くほどの真面目な彼ゆえの悩みの表現は、
震災以降の良からぬ世の流れの速度に比例して加速度を増し、徐々に怒りに形を変え、
その怒りは不真面目な僕にも十分伝わるほどのものだった。
特に人気バンドだった彼の前身「SORRY FOR A FROG」の解散と重なり、
表現方法を失った歯がゆさとリンクして、見る人によっては、もしかしたら「過激さ」や「痛々しさ」を感じた人もいたのかもしれない。

それはそうだ。多くの人がついていけない。
「カエルにあやまっていた」優しい男が、何だかとても「怒っている」のだから。



そんな彼が新しいバンド「STARVINGMAN」を始めたと聞いて、とても嬉しかった。
早速ライブを観に行ったのだが、その時の印象は、「あー、やっぱり生粋のバンドマンなんだな」ということ。
天性のキャッチーさ、天性のグルーヴ感。バンドのアンサンブルも素晴らしく、

「グルービークルー!グルーヴィークリュー!!」

と思わず叫んでいたほどで、その日はとにかくサウンドの良さの印象が強かったのを覚えている。


それから少しの時を経て、彼らの音源が出た。
マーティーはわざわざその音源を、‘律義に’またシュークリームと一緒に我が家に届けてくれた。

歌詞カードど共に‘律義に’装丁されたそのカセットテープを聴いて、ぼくはまた驚くことになる。
あの心地よいサウンドにとんでもない歌詞が乗っかっているのである。
歌詞の内容についてはここでは控えるが、一言でいうなら、

「ポールマッカートニーみたいな顔した奴がジョンレノンみたいなことを歌っている」
のである。
ハハ、とんでもないことだ。

前述した「過激さ」や「痛々しさ」のようなものは、音楽によって彼の持つ本来の優しさに内包され、
見事に昇華され花が咲いた。多分これがマーティーの真骨頂なのであろう。
悔しいけどジョンレノンと同じように。

「スタービングマンってなーに?」とある日マーティーに聞いたところ、『飢えた男』という意味だそうだ。
そう、彼は腹がへっている。植物に例えるなら「食虫花」だ。
食べても食べてもおさまらない。

多分、彼の求める「本物のシュークリーム」にありつくまでは。
できればそのシュークリームをお腹が痛くなるまで我が家で一緒に食べたい。


そして生活はつづく。
彼らのライブを観るのが本当に楽しみだ。


STARVINGMANトレイラー


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2015/3/15更新
超私的出演バンド紹介#2 SUMMERMAN (ミツヤスタカヒロ/ドラム)
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記憶力がバンドの中で秀でて弱い。
どうも、ドラムのミツヤスです。

あれはいつだったかな、SUMMERMANのタケシコと早稲田ZONE-Bの階段で初めてちゃんと話す機会があって。
そのときタケシコとサークル仲間(?)の北村さん(FOUR TOMORROWのインタビューをやってもらった!)
と話してたんですけどね。

なんかブツブツ言ってるんですよ。

「…なんでお前(北村さん)が馴れ馴れしく喋ってんだよ…」

みたいな。
聞くと、おれのほうが絶対FOUR TOMORROWのこと好きだからな!とか言ってて。

あぁ、俺らも歳とったなぁって。
おそらくこれは憧れみたいなものを持ってくれてんだなって瞬時に感じたんですけど、
顔があまりにもマジで笑えない表情だったから、ちょっと引いちゃって。
気持ち悪いやつだな、と(笑)

俺たちが先輩方に抱いた感情(俺らのそれは、圧倒的にスター感がある)とは少し違うとは思うんだけど、
でもうれしいなあ!って。


この接触と前後して彼らの音源(たしか、デモだった気がする)を手に入れて。

曲がりなりにも妻子持ちの35歳、バンドマンつっても土日は家族を持った幸せを感じて、
穏やかに過ごしたいと思ってますけども、日曜日の昼下がりのBGMとしてまあ合わない!笑
平日の夕方とかに聴くようにしてます。

SUMMERMANのbandcampはコチラ!

少し角度を変えて書きます。

活動が緩やかになったことで、今となっては若いバンドが(FOUR TOMORROWの)近くに出てくることも少なくなってきたと感じているんですけど、
ここにきてSUMMERMANが出てきてくれたのは本当に嬉しくて。
SHORT STORY~SUMMERMANの「スタジオ一之助※ライン」が出来上がったわけじゃないですか。

※一之助:吉祥寺にある、SHORT STORYやSUMMERMANのメンバー所縁のリハスタ

僕らが彼らを育てたと言うつもりは毛頭ないですけど、
西荻窪WATTSがあった時代、DASHBOARDの竹内君たちが、どこの骨かもわからない若いバンドや無名すぎるバンドを(面白がって)引っ張り上げて、一緒に共演してワァワァやる一つのやり方を間近で教えてもらった身としては、
今までもそうしてきたように若いバンドともどんどん共演してきいたいなー!と思っていて。
そして、僕らよりもキャリアの長い先輩バンドと共演することで良い経験をしてほしいなー!と。
今回、60'whales先輩とSOON先輩という絵に描いたような対バンが実現できて、本当にうれしいです。


これがSUMMERMANをうちの企画に招待する一番の理由です。
これが僕らの役割。
もちろん、音やライヴの熱量がカッコいいなあと思ってますよ!


楽しい、いいバンドがたくさん出るだけじゃつまらない。
繋ぐ、というか。
いつまでも中堅として活動していきたいもんです。

というわけで、FOUR TOMORROWとは干支が一回り下(?)のSUMMERMANのライヴにご期待ください。


まあしかし、僕らは「FOUR TOMORROWが大好きです!」って言ってくるバンドにとことん弱い(笑)


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2015/3/4更新
超私的出演バンド紹介#1 SOON (ナガサワノリアキ/ベース)
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俺がSOONを語る上でやっぱりどうしても外せないのは、タクロウさんであり、BLEWなのである。
こんな事言うと、ドラムのツルイ先輩からは「SOONの話しろよ」って怒られそうだけど笑

ライブハウスに行く、という習慣が出来た高校3年生の夏。
たぶん、ひと月で7本くらいライブを見に行ったと記憶していて、その中には当然BLEWのライブもあった。

あの頃、本当に沢山のバンドがいる中で、なんというかBLEWは、
もしくはタクロウさんは、と言い換えてもいいんだけど、そこだけ温度が低いような佇まいだったのを覚えている。
覇気がない、とかそういうことでは当然なくて、ライブはもちろん凄かったんだけど、
とにかくタクロウさんをはじめとするメンバーが、なんというか、いつも俯瞰的だなあ、と漠然と思っていたのを覚えている。

当然俺の勝手な印象だから本人に聞いたら「そんなことないよ」って笑われるかもしれないんだけど。
本当にBLEWが好きだったんだけど、当時、なかなかタクロウさんに話しかけるのは躊躇われたのは、
その「俯瞰的だな」って印象が自分の中にあったから。
具体的に言うと、「ライブすごい良かったです!」ってものすごい勢いで話しかけても、
「ああどうも」ってサラッとかわされそうというか笑

なんか「自分の好きな事をやってるだけで、他人の評価は興味ないよ」っていうオーラを
ビンビンに放ってた気がしていたんだよね、あの頃のタクロウさん。

当時、俺が見に行っていたあの辺のシーンで、BLEWは圧倒的にポップでキャッチーだったと思っていて、
それは例えば、どこかのドラマに使われれば、そのままヒットチャート駆け抜けるんじゃないか、
なんて想像までしてたくらいで。

初めて買ったBLEWの音源は2ndアルバムだったんだけど、これがまた、ジャケや歌詞カード、
盤まで本当に隙のないお洒落な仕上がりでさ。
所謂インディーズみたいなシーンに初めて触れて、手書きで作られた歌詞カードを見て
「うわあ、こんなに雑なんだ!」っていい意味で受けた衝撃に慣れつつあった頃だったから、逆に新鮮で。

曲が圧倒的にいいところも、そういうコンセプチュアルなとこも込みで、物凄い好きだったから、
解散ライブに行けなかったのは本当にショックだったなあ。今でも後悔してる事のひとつ。

何年か前に、もうSOONをやっている頃に、一夜だけ再結成した日があって、当然見に行って。
終わった後に、さすがにこれは言わねばと思ってタクロウさんに話しかけにいってね。

「俺、すごいBLEW好きなんです!今やってるバンドあるのにBLEWの事をいろいろ言うのは失礼かもしれませんけど、解散ライブ行けなかったから、今日来られて良かったです!1stの曲は当時もあんまりライブで聞いたことなかったんで、最高でした!」

なるべく失礼のないように、かつ、俺のこの長年に渡るBLEWの想いを漏らさず伝えるべく、
早口で捲し立てたと記憶しているんだけど。

俺の捲し立てが終わって、タクロウさん。
ちょっとだけニヤッと笑って。
「ありがと」って。
シビれたなあ。

あの日がキッカケになったかは定かでないけど、今ではSOONに企画に呼ばれたり、
うちの企画に出てもらうようになったり。
未だに普通に話しかけられると「うお、タクロウさんから話しかけられてるぜ」ってビビりながら
誇らしい気分になったりするんだけど。

未だに現役で先輩がバンドをやっていて、なおかつそれがすげえカッコいいというのは
俺たちからすると物凄い励みになる事でさ。
その人達が、さらに「お前らの企画出てもいいぜ」っていうのは、お墨付きを貰ったのと同じ事だと思ってるからね。

4月4日のSOON。
これを読んだツルイさんが「タクロウさんの事ばっかじゃねえか!」って文句付けてくる以外は本当に楽しみにしています。


02/28/2015    近況0228 *山岡書いた
今日で2月も終わりですね、企画まであと1ヶ月ちょいです。
エレキギターをこっちに持って来なかったので、家に唯一あるアコギのミニギターで練習してます。
が、ぜんぜん感じがでない。南国気候もあってまったく感じがでません。。。


いくつかのことが重なったので星野道夫さんの作品を読み返している。
昔夢中になって読んでいたころと同じ気持ちと違う気持ちが交じり合っていてとてもおもしろい。
生活しているのだけれど、やはり旅感はでてくるなぁ、と今の生活を改めて振り返っている。

●●
同じくこちらに赴任している本郷さんと二人新年会を開催する。
こちらでは普段2軒目に流れることはほとんど無いのだけれど、付き合いが長い分話が尽きず2軒目へ。
こんな気が置けない関係は、やっぱり大切だなぁとしみじみ思う。

その2軒目でかかっていた曲がとても良かったので店の人に教えてもらう。
不勉強ながらSUB POPのThe Head and Heartというバンドの「Lost in my mind」という曲だった。
さっそくネットにて購入、4月に持ち帰るのがとても楽しみです。



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そんな4月の一時帰国のときに持って帰りたいリストが少しずつ長くなってきている。
TVのアルバムは何とか手に入れたいなぁ。あと、Coquettishのアルバム間に合うといいなぁ。
届いているはずのNude Beachの新作もとても楽しみだし、Muffsの新作やSmith Street Bandの新作もとても楽しみです。

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初めて「旧正月」というものを体験している。
会社からお年玉をもらったり、現地のスタッフに混ざって現地の風習を体験させてもらったり。
もちろん日本と異なることだらけだけれど、新しい年を祝って、その新年が幸せで実りあるものになるように願う、
という根っこの部分は完全に一緒であることを、当たり前なのだけれど改めて体験して、驚いた。

僕は羊年で今年は年男なのだけれど、こちらでは羊ではなくどうやらヤギらしい、街がヤギであふれている。
同い年の嫁と一緒に、35年間信じていた価値観を少しだけ揺さぶられて衝撃を受けたりもした。
村上春樹の羊男ではなく、ヤギ男だったのだ。

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その旧正月休みを利用してオーストラリアのパースという街に行って来た。
前に書いたとおり、パースにはThe Lief EricssonのDaveが住んでいるのです。

初日到着後にDaveとホテルのロビーで再会した時とてもいろいろなことを思い出した。
そしてDaveの運転するとても古いフォードで夕日がきれいに見えて、ビールが最高においしいレストランで乾杯した。
Dave夫婦の推薦する新鮮な魚料理に嫁は大感動していた。

お互い自分の国を離れて、少し違う見方で自分の国を振り返って、同じ境遇だから
特にそういった話で盛り上がって、そして同じようなことを考えていてうれしかった。

Daveの「My Favoriteだ!」と推薦するビールはどれも小さなストーリーがあって、そしてとてもおいしかった。
また近いうちに今度はこっちで会おう!と約束して、バイバイした。
また一緒に乾杯できるのがとても楽しみだ。

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